研究紀要

2017年6月25日 第8回 珈琲茶会

■茶菓子解説

■ 茶菓子提供者 三頭谷鷹史(美術評論家)

美術の終末、芸術の終末 ②

2000年以降、美術ジャンル衰退と逆比例するかのようにアートイベントが躍進し、美術界のなかで重要な位置を占めるようになった。こうしたアートイベントについての私の見解は「〈あいちアートの森〉私見」に詳しく書いたので、そちらを参照してもらった方がよいだろう。7年余り前に書いたものだが、事実上の美術終末論であり、基本的な考え方、現状分析、予想など、今でもほとんど修正する必要がないと思っている(注6)。ただ、その後「あいちトリエンナーレ」が始まった。官製アートイベントの典型であり、その点でたいへん興味深いので、少しばかり検証してみようと思う。
 なお、イベント化は、美術ジャンルだけに起きている現象ではない。のちに触れるとおり、クラシック音楽では「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」があり、教育では「愛知サマーセミナー」がある。いずれも数日という短期間に膨大な人が参加する大イベントである。他の分野にも同様なイベントがあると推測されるが、まずはこの2つのイベントを見ておこう。

(注6)「〈あいちアートの森〉私見」『あいちアートの森』図録、あいちアートの森実行委員会、2010年3月 

「あいちトリエンナーレ」の観客数

北川フラムが立ち上げた「大地の芸術祭=越後妻有アートトリエンナーレ」は毎回観客数を増やした。そして2010年、やはり北川が手がける「瀬戸内国際芸術祭」が始まり、観客数は当初目標の30万人をはるかに上回って、93万人にもなったという。同年、愛知県では「あいちトリエンナーレ」が始まり、こちらも当初目標の30万人を超え、57万人の観客数となった。もちろん精査した数値ではないし、実数はもっと少ないと見た方がよい。としても膨大な数である。当時『日本女性新聞』に書いた文があるので一部を再録しておこう。

「〈瀬戸内〉は〈越後妻有〉の流れなので、93万人にはそれほど驚かなかった。むしろ〈あいちトリエンナーレ〉の、いきなりのこの数は予想外で、驚かされたのである。愛知県美術館を中心に、名古屋市美術館や名古屋市内の仮設二会場での展示であり、従来の美術館企画展を拡大した形なので、瀬戸内や越後妻有と比べると行楽的な楽しみは少ない。企画手法はオーソドックスな感じなのだが、それでもこの数の来場者である。大規模イベントの仕組みをつくり、マスコミが騒いで大衆を刺激すれば、数的には成功する。そんな構図を証明してしまったのである」(「飛躍的に拡大したアートイベント」注7)。

(注7)「飛躍的に拡大したアートイベント」『日本女性新聞』2011年1月1日号

アートからエンターテインメントへ

私はこの時、2日かけて見て回った。越後妻有ほど広域に広がってはいないにしても、全作品を見ようとするとたいへん忙しい。膨大な作品数であり、一つ一つ丁寧に見ていったら2日では無理である。もっと日数をかけたらとも思うが、そんな気にはならない。すでに、全部見るのに1週間は必要という越後妻有の方でアートイベントの鑑賞作法を習得していたからである。だから次のように書いた。

「あわただしく次々と見て回るのがアートイベントの鑑賞作法、というかアートイベントという祭りがそのような鑑賞作法を選ばせる。〈都市の祝祭〉がテーマだったし、まさに祭りだからこそ57万人が動いたのである。大きな変質がここにはある。一人一人の作家の世界を深く味わうとか、彼らのメッセージをじっくり聞くとかいった、いわゆる作品〈鑑賞〉という言葉は似つかわしくなく、やはりポストモダン風に〈消費〉と呼ぶべきであろう。そして〈芸術〉ではなく、カタカナ〈アート〉でさえなく、文化的〈商品〉ということになる。それを非難しているわけではない。ハイアートとして保護されていた美術が、他の商品と同じく、資本主義化されただけなのである。ごくごく今日的な文化の形、消費行動の中で大衆が文化を享受するということだ」(「飛躍的に拡大したアートイベント」)。

現代美術の鑑賞者の裾野を広げたのは大いに価値あることだし、こうした鑑賞方法も〈あり〉だと思う。ただし問題も残される。商品と考えた場合、このイベントはアートというよりエンターテインメントであり、興行という意味合いを強める。そして商品に付きものである採算性の問題が浮上してくる。

ここで「エンターテインメント」について触れておきたい。「〈あいちアートの森〉私見」では類似した言葉「アミューズメント」を使用したが、今回はもう少し広い意味をもち、より日本に定着した言葉でもあるエンターテインメントを使うことにした。なお、今後「芸術」「アート」という言葉が後退し、「エンターテインメント」という言葉が世間的には価値の高い、格上の言葉になる可能性がある。いや、すでにそうなっているのかもしれないが・・・。

巨額の赤字商品 あいちトリエンナーレ

「あいちトリエンナーレ」は目標の30万人を超え、57万人もの観客獲得に成功した。これなら儲かったのではないかと思ったのだが、そうでもないらしい。コストが膨大だからである。先ほどのトリエンナーレ終了直後に書いた文で「商品」という言葉を使ったが、実はこれは勇み足だったのである。しばらくして「あいちトリエンナーレ」がまるで商品になっていないことを知ってしまったのだ。

「平成23年度 愛知県包括外部監査結果報告書」(注8)という書類がある。外部監査人で弁護士の伊藤倫文という人が書いたもので、そのなかに「あいちトリエンナーレ2010」関連の監査報告がある。それによるとトリエンナーレの主催者は実行委員会・愛知芸術文化センター・名古屋市美術館の三者だが、愛知県が主導する立場だったという。実行委員会の会長は知事だし、事務局も愛知県庁に置かれていたから当然であろう。総事業費は約12億円、事業収入は約2億8千万円で「総事業費に占める割合は、約23%」だったと報告されている。これでは巨額の赤字である。というかトリエンナーレ事業全体が真赤である。監査人の意見は「公的負担が非常に大きな割合を占める事業であることを常に意識し」、今後は内容の議論と収入増に努力すべきだとしている。
 実行委員会の総事業費とは別に、国の「緊急雇用創出事業基金事業」も会場受付や管理の人件費などに当てられているので、実際の総事業費は約17億3千万円にのぼる。この費用を入れると収入は全体の16%にすぎないことになる。こうしたことを気にしてか、県のホームページでは約78億円の経済効果があったとしているらしいが、その数値に対して監査人は少し首を傾げている。どう見ても採算が合わないイベントであり、これでは資本主義社会を生き抜く力に欠けるのではないか。明治以来の教養文化の殻を割って出た動きだとは思うが、商品として自立する道は遠い。商品として発達してきたサブカルチャーとの差は大きいのである。

(注8)愛知県包括外部監査人・弁護士伊藤倫文著「平成23年度愛知県包括外部監査結果報告書(概要版) 県民生活部文化芸術課及び同課が所管する財団法人愛知県文化振興事業団にかかる財務に関する事務の執行について」平成23年12月。

熱狂の日の音楽

いろいろなジャンルでイベント化が進行しているらしい。第1回「あいちトリエンナーレ」が終わった頃、東京国際フォーラム全館や丸の内周辺などを会場とした「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン(熱狂の日)」音楽祭というのがあって、毎年開催されていることを知った。2010年は80万人がクラシックを楽しんだというのである。たった7日間に358公演もあるのだ。あくまで想像だが、1日に5公演をはしごするのが限度のような気がする。それ以上となると、熱狂というより、文字通り狂って聴きまくる狂気の日となるに違いない(注9)。

音楽には詳しくないので、かえって素朴な疑問を投げかけたくなる。どうしてこんなにたくさんの公演を集中させるのか、これでは聴きたい公演がいくつもあるのに聴けないじゃないか、とか。もっとゆったりとした気分で音楽は聞くべきじゃないか、素晴らしい公演のあとの余韻に浸る時間はあるのか、等々。
 いろいろな鑑賞方法があってよいし、祭りの場に合う音楽があってもよい。ただイベントが音楽界にどの程度影響を与えているのか、それによって話が違ってくる。美術の場合、作品のあり方や美術家の意識を大きく変えようとしているし、一方で若年層の美術離れが進んでいる。だからこそ問題にしているのである。もし音楽イベントが音楽活動の重要部分を担うほどに躍進しているのなら、立ち止まって考えてみるべきだろう。

また、演奏する側からするとどうなのかも気になる。私自身が当事者になったことがあるからだ。もちろん音楽ではない。なんと教育イベントの当事者になったのである。面白い体験だったが、悲惨でもあった。

(注9)「ラ・フォル・ジュルネ」は、フランスの港町ナントで1995年に誕生したクラシック音楽祭。2005年に東京上陸、以後毎年開催されている。「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」2017年の公式サイトで現状を紹介しておく(2017年5月16日にサイトを閲覧)。会期は5月4、5、6日。主催は東京国際フォーラムで、会場は同フォーラムと大手町・丸の内・有楽町エリアの会場。公演数は約350公演(うち有料122公演)、来場者42万2千人。なお、東京上陸以降の来場者数は100万人を超えることもあったが、2011年は東日本大震災で規模縮小。2012年以後は40~60万人程度に目標を設定して開催しているようだ。

教育のイベント化

愛知県発の教育イベントに「みんなでつくる夢の学校・愛知サマーセミナー」というのがある。これは教師、生徒(高校生など)、父母らのボランティアで運営されていて、有名人から各種専門家、一般人、生徒たちが講師を担当するようになっている。毎年7月に開催され「誰でも先生、誰でも生徒、無料」がその特徴だ。2009年、勤め先の大学の姉妹校が会場担当となった関係で講師を頼まれ、初めてこのセミナーの存在を知った。大規模なイベントで、この年は3日間で1千300以上の講座が開かれ、来場者は4万3千人。依頼されたと書いたが、自主参加が建前なので、参加申し込みをしたように記憶している。大学としては入試対策的お付き合いだったのだろう。断ろうと思えば断れたが、多少好奇心もあって引き受けた。
 とにかく驚いた。なにしろ1日に400以上のレクチャーがひしめくので、プロジェクターなどは用意してもらえず、作品画像なしの講義となり、やりづらかった。受講者数は講義が始まるまでわからない。結果は5、6名だったか、私のレクチャー受講者の最少記録を更新した。がっくりしながら、しかし気を取り直して手を抜かずにやりおえたと思う。しかし、私はまだ条件がよく、同僚の教員など、隣の教室でロックをガンガンやっていたらしい。

ここでは自分の専門分野での知識や知名度など何の役にも立たず、プライドは剥ぎ取られ、裸で受講者の前に立つ、という感じだ。時々こうした体験をすると自分の非力を自覚して人間が謙虚になっていい、そんなことを悔し紛れに考えた。リベンジするなら、喧噪のなかでも一声で人の気を引く「芸」を身に付け、イベント対応型のレクチャーを工夫すべきだとは思ったものの、当時61歳、もう間に合わないと諦めた。

巧みな手法、早くから量的拡大を狙う

愛知サマーセミナーの公式サイト(注10)によると、その歴史は1988年にさかのぼるという。ある社会科教師が、教師は指導要領に縛られ、生徒は国が決めた枠のなかで窮屈な学びを強いられている現状を憂いた。学ぶことは、本当は、もっと楽しいこと。授業の枠からはみ出して教えたいことは山ほどある。「教えたいことだけを教えて、学びたいことだけを学ぶ」そんな学校ができたらという気持ちを仲間の2教師に話し、「サマーセミナーという教育イベント」が芽吹いたということである。
 翌年、72講座でスタートし、4千人余りが参加した。その後、講座数と参加者数を順調に伸ばし、2004年には1千講座を突破、この時の参加者数は3万8千人余りとなった。私が参加したのはその5年後だったわけである。近年はもっと増え、講座数は2千を超え、参加者数は6万人を超えているようだ。  私は「教育学」を学んだことはないし、「教育事情」もまったく知らない。愛知サマーセミナーにしてもたった一度の参加である。だから語る資格などないと思うが、アートイベントとの関連で書いていることを了解していただきたい。

創設の理念は非常にまっとうで素朴でさえあるし、継続の努力もたいへんだったと推測する。同時にアートイベントと同様な匂いがする。すでに第2回目からセミナーの校長に、その回限りの名目的な校長だと思われるが、江森陽弘(ジャーナリスト)を立てた。その後も五木寛之(小説家)、山田洋次(映画監督)、有森裕子(マラソンランナー)、羽生善治(将棋棋士)、山崎直子(宇宙飛行士)などの有名人を立てている。理念とは別に、その手法は巧みであり、早くから一般化と量的拡大を狙い、イデオロギー色は希薄なようである。だからこそ成功しているのかもしれない。

(注10)「みんなでつくる夢の学校 愛知サマーセミナー公式サイト 第29回愛知サマーセミナー2017」2017年5月12日にサイトを閲覧。

イベントが悪いわけではない、しかし・・・

教育イベントも音楽イベントも、そしてアートイベントも、それ自体が悪いということではない。楽しく、開放感があり、単なる受け身ではない参加感がある。問題は、すでに指摘してきたように、それぞれのジャンルのなかの一特種ではなく、ジャンルを変質させるほどの影響があるのかどうかである。やはり美術を例にしよう。
 アートイベントは現代美術に無関心だった人々に触れてもらう機会となる、といった説が以前からあった。啓蒙的役割といったらよいだろうか、これを機会に大衆が現代美術に近づくと見るのである。だから私は「〈あいちアートの森〉私見」で次のように書いた。

「アートイベントで登場してきた新興の観客が現代美術への理解を深めたり、美術館や画廊に足を運んだりすることになるのであろうか。私は懐疑的な見方をしている。一部の観客が現代美術に好意を持ち、ファンになった作家の個展などに出かけてくれるケースはあるだろう。ただ、大半の観客は新たなアートイベントを望むというのが自然な流れである」。

それから7年余りがたったわけだが、少なくとも画廊レベルでは観客が増えたとは聞かないし、従来タイプの画廊の勢いは落ちている。観客の動きから見ると、アートイベントは現代美術を牽引しなかったことになる。では、現代美術に影響を与えなかったのだろうか。そんなことはない。新興の観客が現代美術に近づくことはなかったにしても、現代美術の方が彼らに歩み寄っているからだ。

変わる美術家の意識

アートイベントに直接関わったことはない。が、2006年の「大地の芸術祭―越後妻有アートトリエンナーレ」に現代いけばな作家たちが参加し、その流れで少しばかり関わりをもつようになった。また、すでに述べたように「あいちアートの森」の原稿依頼を受けて図録レベルで関わりをもった。「あいちトリエンナーレ」にはほとんど関わっていない。ただ、さすがに自分の地元であり、それなりの情報が入ってくるし、周辺の空気を肌で感じることができる。

そうした経験から言うのであるが、美術家の意識への影響はあると見ている。画廊の勢いが落ちていくなかで、大量の観客獲得と社会への広報能力の高い大型イベントの魅力は大きいのである。観客は現代美術愛好家よりも、新興の一般客が圧倒的に多く、しかも彼らは現代美術をイベント的作法で楽しく呑み込んでいく。こうした新興の観客にアピールする作品が増えていくのは必然であろう。出品作家は、意識して、あるいは無意識的に、作品をイベント対応型にスライドさせようとするからである。何度も言うがイベントやイベント対応の作品が悪いわけではない。問題は、従来の美術との違いをどこまで自覚しているかにある。

アートイベントは新興の観客とともに生まれ育っていく、その意味では新世界である。そうだとしても往年の現代美術の猛者たちが一般客の口に合うような作品を並べている姿を見ると、ちょっと哀しい。かつての作品の続きとしてやっているのだろうか。それとも美術の終末を自覚し、その屍を踏み越えて先に進もうとしているのだろうか。

今も行政絡みの大型アートイベントが増えつつあると聞く。大型アートイベントのスタイルを模した中小のアートイベントも全国各地に広がっているようだ。資本主義社会の商品として自立できるなら、美術ではなくても、それはそれで新しい文化の展開となる。が、果たしてどうだろうか。行政がイベントから手を引いた時、荒地だけが残ることになりはしないだろうか・・・つづく

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