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珈琲茶会
珈琲茶会

第14回 珈琲茶会

   

2018年9月30日(日)

午後1時30分 書斎カフェにて
初座1時間/後座(懇親会)1時間
会費五百円(入館料含む)
※今回は展示室がご覧いただけないので会費は不要です

■本日のcoffee いつもの銘柄
  ■本日の茶菓子 続・1970年代、芸術から風俗へ
(美術の終末、芸術の終末③)
  ■茶菓子提供者 三頭谷鷹史(美術評論家)

■茶菓子解説 

私が今試みているのは、美術全体に終末論という網をかけて、美術や芸術にまつわる膠着した思考をときほぐす作業である。網目が粗いので、得られる魚は少ないだろうが、まあ、それはそれでよい。一つでも自分の役に立つ魚が得られたら、といった気持ちだ。そんな網をかけてみると、岩田信市が1995年に書いた一文が浮上してくる。終末論的に注目すべき思考が含まれているからである。ゼロ次元の活動を回想した部分が特に興味深いので引用しておこう。

「当時(1960年代)、ハイレッド・センターより一般的には有名であったゼロ次元は、その風俗性ゆえに、今日では評価が低い。当時としては、芸術を蹴飛ばして反芸術の先頭をきって風俗の中に突っ込んでいったゼロ次元なのだが、その風俗性ゆえに忘れられ、ノスタルジーの世界となってしまうのだ。アメリカのように地下鉄の列車に落書きするという風俗をアートに組み込む見識も回路も日本は持っていないくせに、アメリカの後追いをしているというのが現状なのだ。当時も今も人々は云う。新聞の文化欄に紹介されるより社会面に紹介されるほうがずっとすばらしいと。しかし、実際には、やはり風俗は風俗で終わり、芸術は不滅であった。だからこそ僕はいつも風俗の中からの芸術すなわちポップ・アートを叫び続けてきたのである」(「60年代パフォーマンスの再考」注1)。

この回想によると、すでに1960年代のゼロ次元の活動に風俗という認識があったということになる。ただ、ゼロ次元というのは、岩田信市と加藤好弘の二人が中心となり、しかも大きく異なる二人の個性が混融した形の活動であった。岩田と加藤では性格や考え方に相当な違いがあったのだが、それでも岩田だけを抜き出して論じるのはむずかしい。

 しかし、1970年代に入ると二人がはっきりと別れ、岩田の場合は風俗への志向が言動に強く表れてくる。例えば「ゴミ裁判」である。・・・・・ 紀要につづく

三頭谷鷹史(みずたにたかし) 略歴

1947年愛知県犬山市生まれ。同志社大学卒。美術評論家連盟会員、名古屋造形大学名誉教授。1970年代は美術、写真、演劇、パフォーマンスなどのジャンル横断的な表現活動をおこなった。80年代以降は美術批評を中心に活動し、90年代以降はいけばな批評も手掛ける。著書に『前衛いけばなの時代』(美学出版)、『宿命の画天使たち 山下清・沼祐一・他』(美学出版)。共著に『日本美術全集 第17巻』(小学館)、『日本の20世紀芸術』(平凡社)、『美術の日本近現代史』(東京美術)などがある。

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過去の珈琲茶会
第1回 2016年2月28日 松永直幸(鉄道史学会会員) これからの消費について考える
第2回 2016年4月17日 三頭谷鷹史(美術評論家) 夏目漱石の病、暴力、アウトサイダー・アート
第3回 2016年6月19日 田中美智甫(いけばな/嵯峨御流) 花手前(はなてまえ)
第4回 2016年10月2日 三頭谷鷹史(美術評論家)
               夏目漱石の病、暴力、アウトサイダー・アート(2)
第5回 2016年11月27日 大嶽恵子(美術ウオッチャー) 公共空間の彫刻像について考える
第6回 2017年2月26日 松永直幸(鉄道史学会会員) 濃尾地震の痕跡と慰霊・記念の表現
第7回 2017年4月16日 三頭谷鷹史(美術評論家) 美術の終末、芸術の終末
第8回 2017年6月25日 三頭谷鷹史(美術評論家) 続・美術の終末、芸術の終末
第9回 2017年9月3日 鈴木敏春(美術批評/NPO愛知アート・コレクティブ代表)
               「アール・ブリュットをめぐって」
第10回 2017年11月19日 「大雑談会」
第11回 2018年2月25日 肥田木朋子(元・財団法人かすがい市民文化財団学芸員)
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第12回 2018年4月22日 肥田木朋子(元・財団法人かすがい市民文化財団学芸員)
                 実用とアートの共存から見る「書」  その2
第13回 2018年7月8日 三頭谷鷹史(美術評論家)
                1970年代、芸術から風俗へ この時、終末が始まっていた
               -赤瀬川原平と岩田信市を手がかりに語る終末論―
               (美術の終末、芸術の終末③)