月別アーカイブ: 2015年12月

夜噺

 

毎年楽しみにしている年末恒例行事、

先生宅の茶事、夜噺に寄せていただいて参りました。

 

茶事にもいろいろありますが、

私はこの年の瀬の迫った寒い晩におこなわれる夜噺がとくに好きです。

 

夜噺は日本人の美意識の結晶のような時間と空間を体験させてくれます。

和蝋燭の柔らかい光に照らし出される、必要最小限のモノが、音が、香りが、

つやめかしく、どこか儚く、

けれども力強い存在感で五感に語りかけてきます。

 

そして、

席主と客、客と客との阿吽の呼吸で、無駄のない心遣いのやり取りが交わされていく…

日本人の感性のひだの細かさに、感嘆せずにはいられない世界です。

 

いつか館の催事で

この日本ならではの美しい世界観を体験していただける企画をとりあげたいな、

と、都度思うのですが…

もっと心身ともに修業を積まないと…無理そうです。

茶事のたび、膨大なお手間とお心を割いてくださる、先生と若に感謝。

 

そして、今年の終わりも無事迎えられそうであることに、

今年一年お世話になった皆様に…

あらためて、感謝。

 

 

それで、誰さんかの?

 

娘と一緒に「ゲゲゲの鬼太郎」のDVDを見ました。

なんか

「それで、誰さんかの?」

と、ひたすら尋ねてくるおじい妖怪の話でした。

でも、名を名乗ると「知らんの。」といわれる。

まそりゃそうだわな…(笑)と思いつつ、

正解はなんなの?と考えていると、

どうも名や職業ではなく、

何者であるか(=いかほどの存在であるか)を尋ねているらしく、

鬼太郎の「名乗るほどのものではありません。」との答えに、

おじい妖怪ははじめて「自分が何者かよくわかっている。」と、

納得の様子で去っていきました。

 

自分はあのおじい妖怪に「それで、誰さんかの?」と尋ねられたら

何と答えればよいのだろうか…と、ちょっと真面目に悩んでしまいました。

 

世の中、つい名前とか、血筋とか、地位とか、、、

そんな飾りものに惑わされて、媚びたり、威張ったり…

大切なのは、裸一貫の自分がいかほどの者であるか、

ですが、そんなことは忘れてしまいがちです。

 

自分の真のすがたに目をそらすことのない生き方を…と、

TVアニメを見ながら、またまた同じことを反省した晩でした(・´з`・)

 

 

 

楽しい時間

 

今を輝く女性の代表(笑)と、

出会って二年目になる完璧な相棒(勝手に任命)のお二人と、

楽しみにしているワークショップの打ち合わせをしました。

 

抜群のセンスと百戦錬磨の実績で、素敵な提案をしてくださる美しいNさんと、

いつもながら的確なタイミングで完璧なフォローをしてくれる白くて細くて可愛いOちゃん。

心躍る時間はあっという間に過ぎてしまいました。

 

みんなの”楽しい”が重なったとき、

先に見えてくるゴールへの期待も、膨らんでいくのを感じます。

 

たくさんの御縁と、出会いの数だけうまれる可能性に乾杯☆

今から、来年の八十八夜 が待ち遠しいです。

 

 

広い世界

 

早いもので、今年も残りわずかとなりました。

最近は一年経つのがあっという間…

子供の頃は永遠のようだった時間が

いつの頃からか、限りあるものにかわってしまいました。

 

歳はかってにとっていきますが、

そのなかで流していくべきものと、積み上げていくべきもの、

その選択を間違えずにしていくのは、とても難しいことです。

 

なにかにとらわれると、

ものごとの全容がみえなくなってしまうものですね。

気が付いたらいつも自分の足元ばかりに気をとられていて、

広い世界の存在を忘れてしまう。

 

広い世界のなかの、とても小さくても自由な自分を見失わない大人は

永遠の時間を失くすことも無いのかもしれません。

 

そんなことを思う今年の年の瀬です。