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日本茶をゆるりと楽しむ会

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5月29日、

洗心館西隣の書院を会場に、

日本茶インストラクターの中根めぐみさんを講師にお迎えして

ゆにっと天牛主催のワークショップ

「日本茶をゆるりと楽しむ会」

が開催されました。

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玄関を入ると、中根さんのカジュアルでカッコいいセンスのお出迎えが…

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スッと生えたように活けられた茶の木の枝。

よく見たら根元に何かが…

近寄ったらオジイでした(笑)

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中根さんのクスッと笑わせてくれるチャーミングな趣向。

お茶の製造過程で出る毛羽という部分を捏ねて乾燥させてあるのだそう。

これはいきなりやられました。

こういうの、すごく好きです。

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いつも通りぶらぶらしているだけの役立たずな私を尻目に、

会場の準備は着々と進んでいきます。

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床にも青々としたお茶の葉が…

あるものを利用して即興で会場を演出していく見事な手際。

さすが百戦錬磨のキャリアです。

 

ワークショップ開始後は、

楽しさのあまりただの参加者になってしまい、

記録写真すら撮るのを忘れてはしゃいだ私。

頼れる相棒Oちゃんにも見放され

野に放たれている感じでした。

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かろうじて写真が残してあったこの日のお茶請け菓子。

桜屋菓舗さんの葛饅頭にお茶の葉と、抹茶のソースを添えて…

黒文字もお茶の木を中根さんが削って作ってくださいました。

すごい!

 

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犬山のお茶屋さん日比野製茶さんの新茶、

去年の暮れ、中根さんにご指導いただきOちゃんと三人で用意した

犬山の自生茶ノ木茶葉を使った手作り茶、

そして紅茶と、茶殻のお浸しもいただきました。

 

講師はもちろん、参加者のみなさまも美女ぞろいで

私にとってはウハウハな一日でした。

この日の最年少参加者だった中学生のYちゃん。

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美人で知的でチャーミングで…最高に好きです。

将来大物になる予感。

また洗心館へきてね♡

 

素晴らしい会にしてくださった中根さん、

いつも通りパーフェクトな相棒Oちゃん、

参加者の美女の皆々様、

日比野製茶さん、桜屋さん、、、

本当にありがとうございました!

 

「日本茶をゆるりと楽しむ会」

どんどんコアになって、ゆるくなくなっていくかもしれませんが(笑)

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

みんなで犬山茶ノ木マップ&犬山垣根茶つくるぜー!!

 

 

 

 

 

友達は人生を豊かにしてくれる。

その世界観に触れるとき、それは

「人は一人として同じ世界を見ているものがいないのだ」

という孤独な現実をつきつけてくるのに、

なぜかとても愉快な気分にさせられる。

 

たった一つのことばが、七色に変化する。

それは立ち止まるほど美しい、けれど当たり前の光景で、

まるで日の光を浴びる朝露のようだ、と思う。

 

私の生きる世界には、

私の知らない豊かな世界が、たくさん存在しているのだ。

まるで宇宙のようだ、と思う。

 

自分の世界を愛するように、

彼らの見ているであろう世界もまた愛おしいような錯覚を覚えるのは、

私が老い始めた兆しなのだろうか。

 

今日は良き友と三人、楽しい夕べを過ごした。

ありがとう。

 

A君よ、

命そのものに意味などなくとも、

食べて排泄することの繰り返しが煩わしくとも(笑)

生きていることは素晴らしい

そうは思わない?

 

 

 

「文化」って?

 

「文化」

この仕事についてから随分頻繁に耳にも口にもするようになったことば。

いつもその意味を考えているのに、

自分はいまだに使い方を誤ったり、偏見を持って口にしてしまうことが絶えない。

 

人は皆、何らかのコミュニティに属している。

血縁、世代、地域、嗜好、、、様々な要素によって結びついた人の集団。

そして「文化」というのは、そのコミュニティ内で共有される教養

というものを本来指し示すことばのようだ。

 

ならば、「文化」を持たない人などいない。

A級とかB級とか、その質にランクをつける行為も

人がなんらかのコミュニティに属した視点からおこなうことで、

所詮、判定する側の主観でしかない。

(もちろん、最大のコミュニティ単位である「人間社会」全体に共通の差別意識

(器用なほうが優れている、経済的に豊かなほうがすぐれている、etc.)があることで、

その崇高であるなしの判定基準は人間社会における普遍性に近い性質を持ってはいる。)

 

近代、限りなく多様な「文化」のなかの

ハイカルチャーとか上位文化とか呼ばれる教養ばかりがもてはやされ、

そもそもcultureの訳語であった「文化」という日本語の印象は偏ってしまった。

 

”崇高”とされる文化の保護に躍起になっている傍らで、

本来すくいあげ、伝えていくべきだった身近な「文化」である

多様で異なる地域性を内包した庶民の生き様は、

間違ったグローバル化とやらによって急激に変質し、必要な個性を失って、

もはや豊かに幸せに生きる手助けをしてはくれない。

そしてそのことに、

それら文化の従来の担い手であり、世の大半を占める我々庶民は

特段、なんの自覚も危機感も持たない。

 

本当に、これでいいのだろうか。

 

専門外のものには目もくれず、

一般人からしたらどっちでもいい業界内の諸々に頭を占領され、

行政に携わる偉い人に

『「文化」というものは、人間が生きていくために必要不可欠なものではない。』

なんてセリフを堂々と言わせてしまう、

そんな文化保護や発信の仕方は、間違ってはいないだろうか。

 

我々凡人には、”好き嫌い”という、ものすごく強力でデカイ”ものさし”がそれぞれにある。

聖のようになんでも受け入れられる深い懐は、まず無い。

しかし「文化」と称されるなにものかの一端にプライドを持って携わっている以上、

何か一つ自分の好むジャンルや層に特化するにせよ、

「文化」と総称されるものの全容が

如何に大きく多様で豊かなものであるかを常に忘れてはならないし、

大きかろうが小さかろうが崇高であろうがなかろうが、

それぞれの意義はそんなことには関係なく存在する事実を見失ってはいけない、

そう思う。

 

くだらない差別意識にしばられたままでは、

「文化の担い手」とかいう表現も、大抵皮肉に聞こえるというものだ。

今日もまた、反省。

 

 

サロン『珈琲茶会』始動!

 

移転が決まって以降、長年の夢だった文化サロンが

とうとう来月、始動することになりました。

 

晩年父が口癖のように「学芸員は60(歳)過ぎてからが旬だ」

と言っていたのを思い出します。

知識、経験とも十分に蓄積され、

正しく見、豊かな言葉で語ることができる境地に達する、

ということでしょうか。

 

多彩なジャンルの先輩方が、長年の月日を経て見出された真理を

継承・再生していく作業に繋げたい、そう思います。

今から非常に楽しみです。

 

サロンとはいえ、紹介者は必要ありません(笑)

自由参加ですので、

文化面で様々な普及啓発活動にに携わる若者の皆様、

是非、色んな知識や知恵を盗みにいらしてください!

 

第一回『珈琲茶会』の開催日時、内容等の詳細情報は

近々HPにて公開する予定です。

是非是非、チェック☑してくださいませ(・´з`・)

 

 

 

 

夜噺

 

毎年楽しみにしている年末恒例行事、

先生宅の茶事、夜噺に寄せていただいて参りました。

 

茶事にもいろいろありますが、

私はこの年の瀬の迫った寒い晩におこなわれる夜噺がとくに好きです。

 

夜噺は日本人の美意識の結晶のような時間と空間を体験させてくれます。

和蝋燭の柔らかい光に照らし出される、必要最小限のモノが、音が、香りが、

つやめかしく、どこか儚く、

けれども力強い存在感で五感に語りかけてきます。

 

そして、

席主と客、客と客との阿吽の呼吸で、無駄のない心遣いのやり取りが交わされていく…

日本人の感性のひだの細かさに、感嘆せずにはいられない世界です。

 

いつか館の催事で

この日本ならではの美しい世界観を体験していただける企画をとりあげたいな、

と、都度思うのですが…

もっと心身ともに修業を積まないと…無理そうです。

茶事のたび、膨大なお手間とお心を割いてくださる、先生と若に感謝。

 

そして、今年の終わりも無事迎えられそうであることに、

今年一年お世話になった皆様に…

あらためて、感謝。

 

 

それで、誰さんかの?

 

娘と一緒に「ゲゲゲの鬼太郎」のDVDを見ました。

なんか

「それで、誰さんかの?」

と、ひたすら尋ねてくるおじい妖怪の話でした。

でも、名を名乗ると「知らんの。」といわれる。

まそりゃそうだわな…(笑)と思いつつ、

正解はなんなの?と考えていると、

どうも名や職業ではなく、

何者であるか(=いかほどの存在であるか)を尋ねているらしく、

鬼太郎の「名乗るほどのものではありません。」との答えに、

おじい妖怪ははじめて「自分が何者かよくわかっている。」と、

納得の様子で去っていきました。

 

自分はあのおじい妖怪に「それで、誰さんかの?」と尋ねられたら

何と答えればよいのだろうか…と、ちょっと真面目に悩んでしまいました。

 

世の中、つい名前とか、血筋とか、地位とか、、、

そんな飾りものに惑わされて、媚びたり、威張ったり…

大切なのは、裸一貫の自分がいかほどの者であるか、

ですが、そんなことは忘れてしまいがちです。

 

自分の真のすがたに目をそらすことのない生き方を…と、

TVアニメを見ながら、またまた同じことを反省した晩でした(・´з`・)

 

 

 

楽しい時間

 

今を輝く女性の代表(笑)と、

出会って二年目になる完璧な相棒(勝手に任命)のお二人と、

楽しみにしているワークショップの打ち合わせをしました。

 

抜群のセンスと百戦錬磨の実績で、素敵な提案をしてくださる美しいNさんと、

いつもながら的確なタイミングで完璧なフォローをしてくれる白くて細くて可愛いOちゃん。

心躍る時間はあっという間に過ぎてしまいました。

 

みんなの”楽しい”が重なったとき、

先に見えてくるゴールへの期待も、膨らんでいくのを感じます。

 

たくさんの御縁と、出会いの数だけうまれる可能性に乾杯☆

今から、来年の八十八夜 が待ち遠しいです。

 

 

広い世界

 

早いもので、今年も残りわずかとなりました。

最近は一年経つのがあっという間…

子供の頃は永遠のようだった時間が

いつの頃からか、限りあるものにかわってしまいました。

 

歳はかってにとっていきますが、

そのなかで流していくべきものと、積み上げていくべきもの、

その選択を間違えずにしていくのは、とても難しいことです。

 

なにかにとらわれると、

ものごとの全容がみえなくなってしまうものですね。

気が付いたらいつも自分の足元ばかりに気をとられていて、

広い世界の存在を忘れてしまう。

 

広い世界のなかの、とても小さくても自由な自分を見失わない大人は

永遠の時間を失くすことも無いのかもしれません。

 

そんなことを思う今年の年の瀬です。

 

実体のないもの

 

ブログをはじめて1年になる。

先日、不具合が発生して、今まで書きためてきたものが消えてしまった。

”書きためて”という表現自体、正しくないものかも知れない。

実際には何も”書いて”はいないのだし、

目に見え、理解できる形に置き換える機構を失ってしまった今となっては、

残ったデータも、意味不明な記号の羅列でしかない。

あるとおもっていたものが、実際には無かった

という、現実をあらためてつきつけられ、

なんというか、ぽかーん。。。とした。

 

ITの発達によって、ひどく便利な世の中になった。

ありがたいと思う。

一方で、実体のあるものと向き合う機会を失い、

次第に仮想の存在に対して何の不信感もいだかなくなっていく、、、

そんな自分の姿にふと気付いたとき、

うすら寒いような感覚を覚えるのは、私が歳をとったからだろうか?

こうして、ほとんど何の労力も必要とせず、

不特定多数の人々に向けて一方的に情報を発信できることも、

おもえばとても不自然な状況かもしれない。

 

一日中バーチャルな空間に身を浸すようになったとき、人は

自分が生きていることをどんなかたちで確かめるのだろう。

どんな瞬間に実感するのだろう。

自分の生き様や、生きたあかしを実体にして残そうとする

人間らしく儚い試みも

そのころには絶滅危惧の状況に陥っているのだろうか

それともむしろ、今よりさらに必要とされているだろうか。。。

 

 

 

『 色へんげ!』

 

去る11月24日、

「犬山城下町文化学」no.02 -色へんげ、伝統の本絵具で絵付体験-

という素敵なタイトルのもと、

今年も当館にて、ニワ里ネットさん主催のワークショップが開催されました。

講師は犬山焼窯元・七代尾関作十郎立志さんと奥様の佳子さん。

七代尾関作十郎立志さん

尾関立志さん
阿部寛さん似です(断言)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ワークショップ前半は犬山焼の意匠の由来や変遷などについてのお話。

教材①

 

 

 

 

 

 尾関ご夫妻手作りの教材を、目で見て、触って、納得です。

勉強がすんだら、和菓子と抹茶で一服。

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桜屋さんの御菓子

桜屋さんのお菓子は蕎麦じょうよう
鼓にもみじ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は、お茶を嗜む大和撫子ニワ里最終兵器女子が加わって、

水屋の手際は最強でした。

雲錦手茶碗をみる人

 

 

 

 

 

一服したあとは、犬山焼の茶碗を眺めながらしばし歓談。

その間にせっせこスタッフは絵付け作業の準備です…

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なんといってもこのワークショップの醍醐味は

普段なかなか使わせてもらえない本絵具で、絵付けが体験できてしまうところ。

教材②

墨汁で練習

 

 

 

 

 

 

 

しかし、2、30分練習したところでそう容易くはいかないのです。

私なぞ、「これは…?」 という抽象ここに極まったりなもみじになってしまいましたが、

尾関さんが(泣き付かれて嫌々)リカバーしてくださいました。さすがプロ~

筆を持って…

赤い紅葉を描く

 

 

 

 

 

 

 

↓あとは焼かれるのを待つだけの完成一歩手前品たち。

焼成待ち

 

 

 

 

 

室内も紅葉真っ盛りですね(✧≖‿ゝ≖)(うまいこと言った)

さて、しかしこれで終わりではありません。

本絵具で描いた絵は、焼くと「色へんげ!」(忍法みたいだ)で、

鮮やかな赤と緑のもみじに生まれ変わるのです。

ワークショップ終了後も新たな楽しみが待っている、

なんとも粋な企画ではありませんか。(自画自賛)

 

それはさておき、

帰り際に参加者の方がかけてくださったお言葉が、とてもうれしく胸に残りました。

「久しぶりに童心にかえった」

素敵な響きです。

また来年もみなさまとご縁がありますように…

楽しい時間をありがとうございました!

 

 

 

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もちろん、

お二方がいらっしゃらなければあり得ない企画でした、笑顔の素敵な癒し系尾関ご夫妻、

 体調のおもわしくない中かけつけてくださった、いつも童心を忘れないニワ里のダンディ赤塚理事長、

 シュールなやりとりと笑顔が素敵な、ナイスチームワークニワ里メンバーの皆さん、

 またまた素敵な写真を沢山撮ってくださった、尊敬してます謙虚すぎる写真家(笑)中野耕司さん、

 にも感謝感謝!!